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尾崎 左永子, 薫遊舎
香道を志す者にとっていつも手にしていたい本です。インスピレーションの原点。
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香道に興味ある人にいい本です。
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夢の中で


東南アジア上空、飛行機の窓から見た雲です。
雲の上からの景色は夢のよう。
  
昨夜、夢の中で、夢と感じながら、この夢は大切な夢だから目覚めたときには覚えておこう、覚えておこうと、あせりながら夢をみていました。

それは、なにか、「心をつくる夢」のようだった・・・。
これを、どうしたら覚えておれるか、う〜ん、そうだ、心に色をつけると覚えておこう。
芭蕉も、「心に色がつく」といっているではないか。

なんて、あせりながら目覚めてしまいました。

そのあと、「心」のあとに、それとおなじくらい大切な夢をみたのに、まだまだ修行が足りないようで、その方は、まったく思い出せません。

気になります。
 

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| 香道 | 23:39 | comments(0) | - |
「たまゆら・香の會」 “聞香・虫の音”


3月の「たまゆら・香の會」聞香稽古体験のときの写真です。場所は、向島百花園 芭蕉の間。香元・吉村ゆら。
9月に、吉村ゆら主宰の「たまゆら・香の會」が催されます。
私も参加します。

「香りと舞」を楽しむ會です。
案内状から内容をご紹介しましょう。
   
「たまゆら・香の會」では、皆様と楽しいひとときを過すべく、『香と舞』の會を開催することに致しました。主題は、人の想い・季節の風物などにしぼり、日本の心を訪ねる趣向です。
どうぞ、奮ってご参加ください。

第一回の主題は、『虫の音(むしのね)』です。
「舞」と「香の証歌」は、地唄「虫の音」

思いにや 焦れてすだく 虫の声々小夜ふけて
いとど淋しき野菊にひとり 道は白菊たどりてここに
誰を松虫なき面影を 慕う心の穂にあらわれて・・・略
逢うて戻れば一夜が千夜 逢わで戻ればまた千夜・・・

と唄われる地唄にあわせて、「舞」と「香」の一夜がはじまります。
一夜が千夜になりますでしょうか。お楽しみください。

舞踊 吉村ゆら(上方舞 吉村流師範)/演奏・杉浦 聡
香席 出香・伊達晟聴/香元・吉村ゆら
日時    平成19年9月4日(火曜日)17:30より
会場    向島百花園 御成座敷
参加費   4,000円
お申込み  FAX 03−3625−6113(吉村)                                      
参加ご希望の方は、お名前、ご連絡先を吉村ゆら宛にFAXをお願いいたします。
よろしくお願い申し上げます。
一夜が千夜になる楽しい會にしたいと思います。

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| 香道 | 09:15 | comments(0) | - |
香りに聞く


聞香稽古の場は、麹町の「映ギャラリー21」をお借りしています。
一階は、映フラワーというお花いっぱいのお店です。
そのお店の飾り窓におく「稽古の案内」のために、香炉を描いてみました。

明日の聞香稽古は、「一枚の草の葉」のこと、そして、「みずから花となって、自然の裡に生きる日本人」と手紙に書いたゴッホの心を香りに聞きます。

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| 香道 | 11:32 | comments(4) | - |
聞香(もんこう)の話と曽根崎心中
 


聞香話

 聞香とは、香りに聞いていく香道の作法のことをいいます。


 「聞」と「香」が結びついて聞香(もんこう)。
それは、しずかに、自然の恵みである香木の香りに心をゆだねることからはじまります。


 この「聞香」という文字、それは、古くは、インドに生まれた仏典『法華経』の漢訳にみられます。

聞香悉能知

   香を聞ぎて悉く能く知らん


 『法華経を読む』鎌田茂雄著によると、
 「香の世界は無限に深く広い。香水一つとってみてもさまざまな香りがあり、香を修養の道具に用い、それを藝術にまで高めたものには香道があるほどである。香りや匂いが人間に及ぼす影響はあまりにも大きい。鼻の功徳ということは実は大切なことなのである」と。


 「清められた鼻」、それはどういうものになるのだろうか。

 それは「あらゆる香をかぎ分けることができる。美しい花、黄色い花、白い花、蓮華の花など、ありとあらゆる花の香をかぎ分け、さらに人間、象、馬、牛、羊、男、女、童子、童女など、生きとし生けるもののすべての香もかぎわけ、さらに人間界だけでなく、天上界の栴檀(せんだん)、抹香(まっこう)、曼珠沙華香(まんじゅしゃけこう)などすべての香もかぎ分けることができるようになる」。


 で、あるなら、『曽根崎心中』のお初、徳兵衛の心も香りに聞いていくこともできるでしょう。





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| 香道 | 11:29 | comments(0) | - |
聞香・曽根崎心中

岩波文庫『曽根崎心中・冥途の飛脚』近松門左衛門作 祐田善雄校注

それは、元禄十六年四月七日の夜に起こった。大阪梅田曽根崎天神の森でのこと。醤油屋平野屋の手代・徳兵衛と天満屋抱えの遊女おはつの心中である。近松門左衛門は、聞き及んだこのことを浄瑠璃とした。初演は五月七日より大阪道頓堀の竹本座で開幕。

げにや安楽世界より。今此の娑婆に示現して。われらがための観世音仰ぐも高し高き屋に。・・・略此の世の名残。夜も名残。死にゝ行く身を譬えふれば。あだしが原の道の霜。一足づゝに消えて行く。夢の夢こそあはれなれ。


『恋する文楽』広谷鏡子著 ちくま文庫

とても素敵で楽しい本です。文楽に恋する心が伝わってきます。

では、この本から曽根崎心中のあらすじを紹介していただきます。

【曽根崎心中・・・醤油屋の手代、徳兵衛は、天満屋の遊女お初と誓った仲。主人である叔父に姪との祝言を押し付けられ断ったため、継母が受け取ってしまった持参金を返せと詰め寄られる。ようやく取り戻したその金を、友人の九平次に騙し取られ、挙げ句に公衆の面前で殴る蹴るの暴行を受ける。その夜、天満屋でお初は打ち掛けの下に徳兵衛を隠して縁の下に忍ばせ、悪口を言う九平次の前で、徳兵衛に死ぬ覚悟を促す。深夜、二人は店を抜け出し、曽根崎の森で体を結び合い、果てていく。】

以前、香道に長く慣れ親しんでおられる方が僕たちの稽古に参加されたときのことです。
稽古が終わりお茶になって、「はじめ席に着いたときびっくりしたんです。『曽根崎心中』!。えっ、香席で「曽根崎心中」。曽根崎心中を主題に香を・・・!
ほんと、最初はどうなるのかと思ったんですけど、終ってみると、お初、徳兵衛の心を香りに聞けるなんて、ほんとうによかったです、とおっしゃいました。

さて、今年の「聞香・曽根崎心中」は、いかなることになるでしょうか。

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| 香道 | 12:07 | comments(0) | - |
明恵とゴッホ 「あるべきようわ」

『明恵 夢に生きる』河合隼雄著より 
明恵上人像 部分・高山寺蔵

来週、明恵上人を主題にしての稽古『聞香・明恵』があるので、昨夜、再度、白洲正子著『明恵上人』を読んでいた。しかし、頭の中には、明恵とゴッホがぐるぐるとまわっていた。

ともに、自分で自分の耳を切った人だが・・・。 

ゴッホは、「ある懸念を静めようとして・・・」

明恵は、「わが身を反省し、世間の有様を見るにつけても、なお驕慢の心は押えにくい。こんな修行では、とても仏果に至ることは覚束ないと思い・・・」

明恵は、耳とともに自らも捨て、無になって、より仏に近づいた。

ゴッホはより孤独になっていった。


「タッシェン・ベーシック・アート・シリーズ:フィンセント・ファン・ゴッホ」
著者:インゴ・F・ヴァルターより  自画像1889年 部分

しかし、こんなすてきな絵を描いた。


「タッシェン・ベーシック・アート・シリーズ:フィンセント・ファン・ゴッホ」
著者:インゴ・F・ヴァルターより   昼休み(ミレー風)1890年


「体をのばして彼らは強烈な昼の暑さを避け、ねむりの中で自然と一体となっているように思える。 土と空、人間と自然は本来一緒にあるべき1つの結合を形づくっている」インゴ・F・ヴァルター

明恵は、
現世においてあるべきようにあらんと願いつつ真に超俗的であった明恵。
明恵はどこにでも浄土を現出せしめた。
“蟻褸・犬・鳥・田夫・野人にいたるまで、皆是仏性を備えて、甚深の法を行ずる者也”という世界観がそれであり、・・・略
それが明恵の現世、その“あるべきよう”にほかならなかった」上田三四二著『徒然草を読む』

「あるべきようわ」とは、「発見的」な過程なのである、と河合隼雄氏。

「いつも自分自身であるとは、自分自身を日に新たにしようとする間断のない倫理的意志の結果であり、告白とは、そういう内的作業のほとんど動機そのものの表現であって、・・・」と小林秀雄氏はその著『ゴッホの手紙』で述べている。

日々、自分の「あるべき様」をイメージしながら生きていくことは、瞬間、瞬間がキラキラするような、その実感がたまらなく楽しいわけですよね・・・。

これが本来向かうべき己か・・・!、というわけです。
発見、発見・・・己を日々に。

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| 香道 | 16:43 | comments(0) | - |
小さな小さなゴッホの田園


この数日、ゴッホのことを考えていると、僕の窓辺の小さな鉢が、ゴッホの手紙に書かれている田園のように思えてきた。15センチ×40センチの土の中に、小さな草が繁茂している。 
ここにも、宇宙があるんだ。 これから、「ゴッホの田園」と呼ぼう。


「ゴッホの田園」に、コリン・ウイルソンの言葉を捧げておこう。

「感受性の鋭いかれは、異常なまでにこの『否定』を、かれ自身のみじめさと世界の不幸を感じとったのである。こうしてかれは、全能力かたむけて、『肯定』を、本能的で絶対的な『然り』を探し求めた。

すべての芸術家がそうであるように、かれもまた、自分の存在が宇宙および自己自身と完全な調和にあると思われる瞬間を体験した。それは、宇宙と彼自身とが同じ性質のものであると感じられる瞬間であり、そのとき、すべての生命は目的ありげに見え、かれ自身の不幸さえ目的をもつかに思われる。・・・

感覚が目覚めた今、人間の不幸云々はたわごととなる。たしかに不幸は存在する。が、それは問題ではない。今までにどんな人間が考えたことも問題ではない。肝心なのはこれだけだ。

ゴッホの絵は、光と形によってこれを表現しようとする。眼に痛みを与えんばかりの色彩で塗られた麦畑、正流と逆流の交互する水面を思わせる夜空の星、それはもはや点々とした光ではなく、光の輪、光の円となる。 そして緑の焔と燃える糸杉。
この内的視覚は、一脚の椅子を、古い長半靴を、数個の玉葱をさえ変容させる。あたかもエル・グレコの心の目が聖処女を照らしだしたかのように」
コリン・ウイルソン著『アウトサイダー』中村保男訳



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| 香道 | 13:45 | comments(0) | - |
日本人へのゴッホの想い:聞香・ゴッホ

「タッシェン・ベーシック・アート・シリーズ:フィンセント・ファン・ゴッホ」
著者:インゴ・F・ヴァルターより
タンギー爺さんの肖像1887-1888年

ゴッホは浮世絵をこよなく愛したようです。
「タンギー爺さん」の画の中に浮世絵を描きこみました。

そして、



雨の橋(広重による)1887年、も描かれました。

彼の手紙に中に、日本への想いを綴ったものがあります。
「日本の芸術を研究していると、賢者でもあり哲学者でもあり、しかも才気煥発の一人の人間が見えてくる。今日、彼はどういう生き方をしているか。地球と月との距離を研究しているか。ビスマルクの外交政策を研究しているか。そんなことではない。彼は、ただ草の葉の形をしらべているのだよ。しかしこの一枚の草の葉から、やがてすべての植物を描く道が開かれる、それから季節を、田園の広い風景を、動物を、人間を。彼の生活は、こうして過ぎていく。略・・・
 みずから花となって、自然の裡に生きている単純な日本人たちが、僕らに教えるものは、実際、宗教と言ってもいいではないか。僕は思うのだが、君がもし日本の芸術を研究するなら、もっと陽気に、もっと幸福にならなければだめだ。僕らは、紋切型の世間の仕事や教育を棄てて、自然に還らなければだめだ。(略)
僕は日本人がそのすべての制作のうちに持っている極度の清潔を羨望する。けっして冗漫なところもないし、性急なところもない。彼らの制作は呼吸のように単純だ。まるで着物のボタンをかけるとでもいう具合に、僅かばかりの筆使いで、いつも苦もなく形を描きあげる。ああ、僕もまたいつかは、そんな具合に、描けるようにならねばならぬ」
小林秀雄著『ゴッホの手紙』

このゴッホの心を香りに聞こう。
聞香・ゴッホ」です。

証歌は、このゴッホの手紙。

香組は、草の葉      真那蛮
    田園       佐曾羅
    動物たち     寸門多羅
    花         伽羅
                
この「花」は、“ひまわり”ではないかもしれない。
みずから花となって、自然の裡に生きている単純な日本人たちだ。
シンプル イズ デープ、単純というものはとてもとても深いのです。

ではでは、どのような香りがやってくるのだろうか。
香はやって来る。
そして、ぼくたちは、つつまれる、香りに・・・。

梅の花(広重による)1887年

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| 香道 | 10:18 | comments(0) | - |
ゴッホの椅子

「タッシェン・ベーシック・アート・シリーズ:フィンセント・ファン・ゴッホ」
著者:インゴ・F・ヴァルターより  

「パイプを置いたフィンセントの椅子 」だ。
身近な椅子が凄い存在感をもって見えてくる、なんと素晴らしいことなんだろう。

ゴッホは、「本とキャンドルを置いたゴーギャンの椅子」も描いている。


「タッシェン・ベーシック・アート・シリーズ:フィンセント・ファン・ゴッホ」
著者:インゴ・F・ヴァルターより

二人はアルルで共同生活をしようとしたが、その「芸術家の理想郷」も長くは続かなかった。

しかし、ゴッホの想いは「さびしさの象徴」としてゴーギャンの椅子にこめられている。

ものの存在を捉える目は、愛の中にある。

明確な輪郭をもって存在する椅子。
つねに周囲の存在すべてに畏敬の心と深すぎるほどの愛情をもって生きていたゴッホの魂が、ここにあるような気がする。

「大きな夢を持ち、鶯が歌うように仕事をしている、そんな気質の芸術家の肖像を描きたいとする。彼は美男子だろう。僕は、画のなかに彼に関する僕の評価と愛情を叩き込む。まずできるだけ忠実に描くことから始める。だが、これは初めだけで、仕上げる時には勝って気ままな色彩家になるのだ。髪の美しさを誇張する、オレンジの色調、クローム、薄いレモン・イエローまでいく。顔の向こうには、月並みな室の平凡な壁を描く変りに、僕は無限性を描く。考えられるかぎり最も強い豊かな青で真率な背景を描く。明るい頭と豊かな青い背景との単純な結合から、青空の奥の星のような神秘な効果を出す」小林秀雄著『ゴッホの手紙』より


愛情を叩き込むんだ。
無限性を描くんだ

青空の奥の星のような神秘にむかって



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| 香道 | 11:05 | comments(0) | - |
ゴッホの無限性

「タッシェン・ベーシック・アート・シリーズ:フィンセント・ファン・ゴッホ」
著者:インゴ・F・ヴァルターより  
歩行者、馬車、糸杉、星、そして、三日月のある道 1890年5月 

少年の頃、この道を歩いたような気がする。
ゴッホの独り言が聞こえるよ。

「自然がじつに美しいんだ、最近はね・・・。そして、ときどき、自分でも恐ろしいと感じるような透視力にみまわれるんだ。そんなとき、もう自分を意識しない。絵は、まるで夢の中にいるように、僕のところへやってきてくれるんだ」

星がぐるぐるまわりはじめちゃったよ。



「タッシェン・ベーシック・アート・シリーズ
フィンセント・ファン・ゴッホ」
著者:インゴ・F・ヴァルターより 
星の多い夜1889年6月、サン・レミ

「無限性を描くんだ。考えられるかぎり強い豊かな青で・・・」

空でなにかが起こっているよ。
見っけたよ、お月さまと重なった夜の太陽を・・・ねぇ、インゴ・F・ヴァルターさん。


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| 香道 | 16:18 | comments(0) | - |
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