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無垢の信頼心は罪なりや。
神に問う。信頼は罪なりや。
神に問う。無抵抗は罪なりや。
太宰治「人間失格」
奥野健男氏の著書『太宰治』によると、
考えてみると、太宰治の一生は、一人の気の弱い、孤独な人間が、自分の宿命と倫理とに真実であろうとした、悪戦苦闘の生涯と言えます。そして自己の弱さや、他人と違っているのではないかという恐れを、決してごまかさずに持ち続け、かえってそれを深めようとしたものです。彼はそのために実人生においては挫折し、敗れ去りました。
太宰治がその生涯を賭けて目指したものは、弱い人間に対する真実の救いを見出すことで弱い人間も生き得る理想の社会を実現することにあったのです。そしてその実現を阻む悪しき社会に、道徳に、秩序に、彼は全存在を賭けて反逆を試み、その反逆によって弱い、しかし美しい真実の人間を勇気づけたのです。太宰が提出したこの問題は、人類にとって最大のそして永遠の課題であります。
今月の聞香稽古は、太宰治の心を香りに聞くこと。
今日も香は薫たち、私たちの心をゆらしてくれる。
香りに太宰の心を聞き、淑子さんは
やさしさと 怒りを胸に さまよいし
太宰の心 見守るイエス
淑子
日没の歌
蝉は、やがて死ぬる午後に気づいた。ああ、私たち、もっと幸せになってよかったのだ。もっと遊んで、かまわなかったのだ。
いと、せめて、われに許せよ。花の中のねむりだけでも。
ああ、花をかえせ!(私は、目が見えなくなるまでおまえを愛した。)
ミルクを、草原を、雲、(とっぷり暮れても嘆くまい。私は、なくした。)
太宰治「HUMAN LOST」
好きな言葉です。
今月の聞香稽古は、
太宰治の心を香りに聞きました。
太宰の人生を語り合い、
香木を選び、
香りにつつまれ、
太宰を想う。
古き時代を髣髴とさせてくれる香り、
ストイックな香り、
やすらぎを、
忍耐を、
苦渋を、
さまざまな想いが、
香りをとおしてやってきます。
「すみれの花です」
「つまらない」
「つまらないものです」
「芸術家とはなんですか」
「豚の鼻です」
「それは、ひどい」
「鼻は、すみれの匂いを知ってゐます」
太宰治「かすかな声」
香りに聞き、巴さんは詠います。
月見草 すみれの匂い 豚の鼻
小さき命に 宿る神さま
巴
明治四十二年の初夏に、本州の北端で生まれた気の弱い男の子が、それでも、人の手本にならなければならぬと気取って、そうして躓いて、躓いて、けれども、生きて在る限りは、ひとすぢの誇りを持ってゐようと、馬鹿な苦労をしてゐるその事を、いちいち書きしたためて残して置こういふのが、私の仕事のテエマであります。
太宰治「富嶽百景」自序
テレビドラマ「太宰治物語」を観ました。
ラストシーンに流れる太宰の言葉です。
今月の聞香稽古は、
太宰治の心を香りに聞くこと。
気の弱い男の子が、その弱い心をもったままどのようにして生きていけるのか。
「苦しくとも、生きて下さい。あなたのうしろには、ものが言へない自己喪失の亡者、十万、うようよして居ります。日本文学史に、私たちの選手を出し得たといふことは、うれしい。雲霞のごときわれわに、表現を与へて呉れた作家の出現をよろこぶ者でございます。(涙が出て、出て、しやうがない。)私たちの十万の青年、実社会に出て、果たして生きとほせるか否か、厳粛な実験が、貴下の一身に於いて黙々と行なはれてゐます」
太宰治「虚構の春」
その中から生まれる人生。
自らを傷つけ、傷つけ・・・・・。
小説を書くことへ、
強い心がなければ徹せられない・・・・・。
太宰は書く、
自分ひとりの幸福だけでは、生きていけない。
「姨捨」
仲間が選んだ香木は、伽羅、羅国、真那賀、佐曾羅。
太宰の心を想い、
香りにつつまれ、
いまこのとき、
生きて在ることのありがたきを・・・・・
雨にぬれ 咲きし紫陽花 ひっそりと
流れる時よ 伽羅の香つつみ
羑代
「茶論・四季おりおり」では、春・夏・秋・冬を友として暮らす日本人の“こころ”を訪ねます。
自然の恵みである“香木”の香りに“森羅万象のこころ”を聞く聞香。
今回のテーマは「夏来るらし」。
春過ぎて夏来るらし白たへの
衣干したり天の香具山
持統天皇
春が過ぎて夏が来るらしい。真っ白な衣が干してあるから、
天の香具山に。
あかねさす紫野行き標野行き
野守は見ずや君が袖振る
額田王
美しい紫色を染め出す紫草の野を行き、立ち入りを禁じられた野を行き、野の番人が見るではありませんか、あなたがしきりに私に袖を振るのを。
人妻故に我れ恋ひめやも
大海人皇子
美しい紫草のように匂い立つあなたが憎いのなら、もう人妻なのに何で私が恋をするだろうか。
『万葉集』角川書店編集より
「香を聞きながら万葉集の世界へ」をテーマに、
7月11日(土)に、目白庭園 赤烏庵で催されました。
主 催: 財団法人日本文化藝術財団
助 成: 日本財団 、全日本社会貢献団体機構
後 援: 京都造形芸術大学、東北芸術工科大学
参加者数: 21名でした。
主題についてお話した後、三人一組になって香を炷きました。
伽羅や羅国など六種の香が席をまわり、
どの香りが自分にとって“夏”だろうかと、想像力を楽しむ香席です。
参加された方々のご意見は、
万葉集の歌を、香りで感じるとることが新鮮。
はじめて香道を体験した人は、
あっという間に2時間が過ぎたそうで、
香の世界は、とても奥が深く感じて、楽しめたとのこと。
また、香だけではなく、万葉集を主題にして、
季節や歌を詠んだ人の思いに気持ちを合わせるという聞香は、とてもいい勉強になったと。
お香は初めてですが、とてもよい時間。
香りに物語が結びついて、万葉集も立体的に感じました、とのことでした。
そのほかにも多くの貴重な意見をお聞かせていただき、ありがとうございました。
庭に、トンボがのんびりとやすんでいました。
「四季おりおり」もご覧ください。