プロフィール
選択している記事
カレンダー
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
過去の記事
カテゴリー
香道の推薦図書
香道蘭之園
香道蘭之園 (JUGEMレビュー »)
尾崎 左永子, 薫遊舎
香道を志す者にとっていつも手にしていたい本です。インスピレーションの原点。
香道の推薦図書
香と香道
香と香道 (JUGEMレビュー »)
香道文化研究会
香道に興味ある人にいい本です。
<< 聞香入門-15:大岡信著『日本の詩歌』より「菅原道真」 | main | 聞香入門-16:「浅茅が宿」宮木の涙と香木 >>
宗左近先生の著書 『ああ縄文』、そして、縄文に食われた男の話
『ああ縄文』宗左近著 思潮社『ああ縄文』 宗左近著 思潮社

宗先生の『ああ縄文』は、その覚書によれば、
一種の叙事詩であり、劇誌と名付けられるものです。


およそ、紀元前三百年頃を舞台にして展開される悲恋の物語であり、大いなる愛の物語です。

縄文の神に司える巫子、名前は火子(ひこ)と、
弥生の新しい女王・火女(ひめ)との悲しい恋。
二人は乳兄妹。同じ乳母から育てられました。
そして、二人は敵。
けれども二人はずっと愛しあっているのです。



第一幕

コロスA 宇宙は夢を見ます。
コロスB 人間は夢を見ます。
コロスA 宇宙の夢と。
コロスB 人間の夢とは。
コロスA コロスB どういう関係にあるのか。
コロスA 人間が宇宙の夢なのか。
コロスB 宇宙が人間の夢なのか。
コロスA 宇宙と人間を。
コロスB 人間と宇宙を。
コロスA コロスB つなぐのは愛です。
・・・と、第一幕は始まります。


弥生と縄文のいくさがすんで二十年。

火女は、弥生の人々も、縄文の人々も、
共に、光りあって、生きてゆきましょう、と呼びかけますが、
支配したものと屈服したものとの争い事は絶えません。

ついに、縄文の火子は、弥生の女王・火女を助けるために、
姉・比古奈の放った矢にあたり・・・亡くなってしまいます。


最後の場面では、
不二の山が見え、音楽の流れる中・・・

コロスA どんなに世界が栄えても。
コロスB 愛がなければ廃墟です。
コロスA コロスB 二千三百年がたちました。
・・・略・・・
コロスA コロスB そしていま、わたしたち、愛の廃墟の生きものでしょうか。ああ。

出演者全員(コロスAとコロスBもともに)ああ、縄文。


(コロスAとコロスBをのぞく舞台の全員、火子を抱いている火女のまわりを行進する。夕焼けのなかに、不二の山の爆裂音、行進の足音、縄文と弥生の側の行進の歌、総体の音楽に哀しみ鳴りひびいて、不二の山だけを最後まで残して次第に溶暗して幕下りる)

いまも、この地球上には争いが絶えません。


宗先生は、縄文時代に生きた人々のタマシイを、今に伝えようとされ、数々の詩集や縄文論を書いておられます。

『ああ縄文』宗左近著 思潮社『ああ縄文』より

宗先生にお会いしたのは、内海清美さんの和紙人形・平家物語『観○平家』展の案内冊子に、お言葉を頂きたいと、ご自宅に伺った時が最初です。

先生は、縄文土器のもつタマシイを愛しておられました。

この日、縄文の小さな器をだされ、これで、お酒を飲みましょう。
こういうものは、飾っておくだけではだめだ、かわいそうだ。
といわれ、お酒を注いでくださいました。

そのお酒は、ふっと、土の香りがして、時の流れを一気に遡りました。

先生を囲みメンバー数人で楽しい宴がはられました。
宴もたけなは、記念写真を撮りましょうとなって、僕がカメラをもって
ファインダーをのぞきました。
すこしさがろうと、思った瞬間、僕は仰向けにひっくりかえっていました。
倒れたところには、縄文の「火焔土器」が置かれていました・・・
凍りつくような静寂・・・

僕は、一瞬、なにがおこったのか・・・
次の瞬間、僕の口から出た言葉は、「先生、美しい壊れ方をしています」。
なんと、馬鹿な!
しかし、ほんとうに、美しかったのです。
まるで、太陽が光の環をえがくように、輪になって縄文の土がひろがっていたのです。



先生はおっしゃいました。

「うん、“かたち”あるものは、ほろびる」。



なぜか、安堵の声が全員から沸き起こりました。
そして、なにごともなかったかのように宴は続けられたのです。


帰宅して、風呂に入ると、背中がヒリヒリと痛いのです。
風呂からあがり、鏡で背中を見ました。
その背中には、火焔土器の歯形のような跡があつたのです。
あわてて、シャツを点検しました。
白いシャツの上に、円を描くかのように歯形はついていました。


次の日の朝、先生に電話を入れました。「申し訳ありません」。
先生は、電話のむこうで、しずかにおっしゃいました。


「君は、縄文に食われたのだよ。
これから、一生縄文に学んでいきなさい」。


それからというもの、先生はいろんなところへ連れて行って下さるようになりました。

僕は、先生からじかに多くのものを学ばせていただきました。
「人生のあり方」を、「人生、どう生きるべきか」を。



ひとりの男の窮地を救った先生の一言。

ありがとうございます。


その後、先生と一緒に本をつくらせていただきました。

sei宗左近著『縄文発信』みき書房

その帯には、次のように記されています。

巨(おお)きなものへの
恋愛の


ありがとうございました。

土にかえった「火焔土器」さんも、
どういえばいいのか、ごめんなさい、ほんとうに、ありがとう。
そう、僕はあなたに食われたのだ。




↓blogランキングに登録しています。
| 香道 | 22:20 | comments(5) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| - | 22:20 | - | - |
コメント
sichihukuさん、今日は。
すこし旅に出かけていました。
内海さんのこと、またお話しましょう。
すこし、お待ちくださいね。
               晟聴
| seicho | 2006/05/26 3:54 PM |
内海さんのお話、是非聞かせてください。
自分の制作の上で、大変助けられたのが内海さんの源氏物語なのです。

縄文土器で味わうお酒はどんな味かなーと想像します。
匂いはともかく、味なら色々想像してしまい
口の中に広がります。

縄文土器ほど触りたいものはないですね。
博物館などでガラス越しに見つめるしかないものは
たくさんあるけれど、縄文土器ほどそう思わせるものはない。
触覚の遺産じゃないかなぁ。縄文土器って。
一番分かりやすいようにしたらああなった、
って感じがする。
デザインが好きで色々勉強したり見たりしました。
細かな名称などは忘れちゃいましたが、
デザインは忘れられません。
あの土臭い装飾過剰なところが大好きです。
長い年月がたって、このような宴で使われるなんて
当時の人は当然考えていない。
それまで器が歩いた歴史を思い浮かべると
壮大なのに胸がキューンとします。
| sichihuku | 2006/05/23 3:21 AM |
sichihukuさん、続きです。

内海さんの作品がお好きなのですね。
「観○平家」のプロジェクトに参加して、最初の展示・京都の宝ヶ池の会場構成を担当、次の年には、僕の会社で工房を応援し、赤坂で「千利休」展を開催したのです。
ブログのトップの香を聴いているバックは、その時の作品です。
内海さんの作品については、またお話しましょう。
                     晟聴
| seicho | 2006/05/18 7:05 PM |
sichihukuさん、ありがとう。
                晟聴
| seicho | 2006/05/18 12:34 AM |
内海清美さんの和人形は大好き。
人形の眼に瞳を作らないのは何故か、と聞かれ、
「瞳を作ると人形の個性が出てきてしまうから」と応えられたのがとても印象に残っています。
和紙の色のみであそこまでの世界観をだされる人形舞台は本当に素晴らしい。
目に見えない色に染められていく為の和人形ですよね。
宗左近さんの詩はさっき検索して読んでみました。
『透明』と『火焔土器』とを読んで、
相反する内容でありながらやっぱり同じ人が書いた同じテンションで書かれた詩だと感じました。
哲学を凝縮したような詩を作りたい、と仰るように
なぜ宗さんが縄文土器に惹かれるかも分かりますね。
凝縮された感覚で燃え上がるような情熱はあまりにも共通しているように見えます。

ご自身の言葉、その言葉が持つ音。
それを具体化した形、手触り、温かさが縄文土器なんでしょう。

晟聴さん、本当に喰われたんですよ、縄文に!!

宗さんと晟聴さんのやりとり素敵。
ものの付加価値にとらわれず、本当に大切なもの、美しいものをみていらっしゃるからこそのやり取り。
うんうん。だからこそ宗左近さんであり伊達晟聴さんなんだな。当たり前か。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
余談ですが、うちの父が周囲に内緒でブログを引っ越しました。http://blog.goo.ne.jp/bacamasa
またこっそり覗いてやってください。
| sichihuku | 2006/05/17 11:49 PM |
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://seicho.jugem.jp/trackback/97
トラックバック