以前、シカゴへ旅に出かけました。
三月、春の香りは遠く、寒々しい風が吹き、
街をさまようようにして写真を撮りました。
その時、ある雑誌に写真と見出しの言葉を載せました。
それは次のように始まります。
“1918年、フランク・ロイド・ライトは
「シカゴを知ることは絶望と大いなる希望のまざった
ひとつの経験である」と語った。
そのことは現在でも同じであると言えよう。
アメリカの諸都市の中でも生粋のアメリカそのものを
語り得る都市のひとつとして、シカゴはその代表的な場所である。
ずっしりと重い大建築物、道路。
その道路の下の暗く巨大なもうひとつの道路。
ビルの谷間のピカソ、カルダー、シャガール。
それ以上にアーティフィシャルで不思議に懐かしいループと
呼ばれる高架線路。
オールドスタイルというビールの看板が風に揺れ、今にも
壊れそうなバーの窓。・・・・・・(略)
シカゴのアートと歴史、活気と騒々しいさ、陽気と陰惨さ。
そこを通り過ぎる一介の旅人の目に、たとえ混乱と醜悪さが
映ったとしても、そこにとどまって生きていく人々の姿に
感動せずにはいられない”。