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聞香稽古:心と香り
sei晟聴


明日も臨済義玄の言行を主題にさせていただいて聞香です。

臨済は言います。

道の仲間よ、心というものはきまった姿がなくて、十方にゆきわたっている。眼に働くと見るといい、耳に働くと聞くといい、鼻に働くと匂をかぎ、口に働くとものを言い、手に働くとものをつかみ、足に働くと歩きまわる。
もともと一つの活力が六つの機能に分かれるのである。心が起こりさえしなければ、どこででも解脱できる。

心はもはや、身体の奥にひそむ神秘な何ものかではない。つねに堂々と眼前に現用して、一瞬も汝を離れぬ。 (柳田聖山著『禅の思想』より)


心が鼻に働いて聞香! そして、「人の心は無数の花をひらく」


明日の稽古では、どのような花がひらくだろうか。

 
 
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| 香道 | 19:35 | comments(0) | - |
10月稽古:聞香・臨済
写真・晟聴

香木の香りは、香炭団の火力の強さ弱さは勿論、部屋の湿度によっても、また、聞くほうの心の持ちようによっても様々に感じられます。


10月の聞香稽古主題の証詞は、

「 問、如何是佛魔 」(如何なるか是れ仏魔)
 
    朝比奈宗源『臨済録』によると、
問う、
「仏と魔とはどんなものですか。」
師は言った。
お前に一念の疑いが起ればそれが魔である。
お前がもし一切の存在は生滅をこえたものであると見究め得たならば、
差別する心は幻のようなものとわかり、十方世界に塵一つなく、
どこもかしこも清浄になる。
それが仏である。
もともと、仏と魔とは、一心の悟りと迷いの両面である。



写真・晟聴


香炉に銀葉を、そして、一片の香木が・・・


香りに包まれ、

  “十方に通貫して、三界に自由”
  “一刹那の間に、あらゆる世界に入り”

 そして、その先へ入ってみたい・・・


     
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| 香道 | 10:30 | comments(2) | - |
10月の稽古
写真・晟聴

10月の稽古は「聞香・臨済(りんざい)香」。
臨済は中国の禅者です。その言行を記録した『臨済録』というものがあります。
以前から、この『臨済録』に目をとおすと身心が爽快になるのです。

この2日に、向島百花園で足利義政の人生を主題に『聞香・東山』を楽しみました。
義政は文明十七年(1485)六月十五日、洛北嵯峨の臨済宗天竜寺派臨川寺の三会院で出家しました。義政は臨済宗の僧として得度したのです。
ドナルド・キーンの著書『足利義政』によると、「寛政五年(1464)、義政は『臨済録』の十五回にわたる提唱を聴聞したことがあった。しかし、聞いたことが何一つわからなかった、と後で正直に告白している」とあるのです。
寛政五年とは、義政二十代の後半ですね。
う〜む。香りに聞いてみよう。
臨済の言葉を。
香りは強力な味方だ。

主題の証詞は、
「 問、如何是佛魔 」(如何なるか是れ仏魔)
 
    朝比奈宗源『臨済録』によると、 
    問う、
    「仏と魔とはどんなものですか。」



 香組は、というと、とても楽しい組み方を考えました。
 楽しみにしていて下さい。


撮影・晟聴
 

「禅の影響は、義政にとって文化的、芸術的に計り知れないほど重要なものだった」ドナルド・キーン著『足利義政』   

 

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| 香道 | 20:59 | comments(0) | - |
今日は稽古日



今日は稽古日。「聞香・みだれ髪」

小記録は、以下のとおり。

聞香
みだれ髪
与謝野晶子

一、証歌

やわ肌のあつき血汐にふれも見で
さびしからずや道を説く君

君かへらぬこの家ひと夜に寺とせよ
紅梅どもは根こじて放れ

わが上に残れる月日一瞬に
よし替えんとも君生きてこよ



二、香組      佐曾羅  寸門多羅   伽羅


三、聞法      香りに聞く 晶子の心


 激しくも情熱たぎる恋、

 夫の帰らぬ日には、家は“ひと夜に寺とせよ”、

 亡き夫よ、いまこのとき君が生きかえって会うことができるなら、
 人生のこれからの月日を失ってもいい、“君生きてこよ”

 香りは重く出ました。


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| 香道 | 19:43 | comments(0) | - |
聞香「みだれ髪」
つぼみ4画・晟聴


先日の向島百花園での、たまゆら「香の會」は、虫の音を聞きながら無事終りました。ご参加していただきました多くの方々に心より感謝申し上げます。
リンクしている「たまゆら[玉響]吉村ゆらの和の世界」も見ていただければ幸です。


今月の稽古は、歌人・与謝野晶子の人生を香りに聞きたいと思っています。
聞香「みだれ髪」です。


   やわ肌のあつき血汐にふれも見で
       さびしからずや道を説く君


平成12年10月には、与謝野晶子を主題に「夕月之香」をおこないました。

今回は、晶子の人生を彼女の和歌をたどりながら、香りにつつまれたいと考えました。

歌を23、詩1、随筆1、そして、石川啄木の日誌に見る晶子。
これを、仲間と語り合いながら聞香を楽しみます。


最初に、書きたいと思う事は自分がしたい事と共に無尽蔵である。
ただ自分には暇がない。なぜ人は眠らねばならないか、死んでから十分に眠ればよいではないかと、睡眠時間の惜しまれる事さえある」(与謝野晶子)


これが与謝野晶子の生き方のようだ。

1874年に大阪府堺市の駿河屋という和菓子商に生まれた晶子。
その人生を訪ねよう、歌によって、香りによって・・・。

     海こひし潮の遠鳴りかぞへつゝ
       少女となりし父母の家

                               晶子
 

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| 香道 | 21:06 | comments(2) | - |
聞香の楽しみ


今朝、散歩に出かけたとき出逢った“ねこ”くんです。

久しぶりに晴れ間が出そうな日曜日。
ふっと香木のことが頭をよぎりました。

この4日の火曜日には、たまゆら「香の會」が催されます。
資料の準備も、香木の準備も出来ました。主題は、「虫の音」です。



香りに聞いて、心の中で鳴く「虫の音」は、どんな声で鳴くのだろう。
 
主題の地唄「虫の音」は、恋しい面影を慕う話。「思いにや 焦がれてすだく 虫の声々小夜ふけて いとどさびしき野菊にひとり 道は白菊たどりてここに・・・逢うて戻れば一夜が千夜 逢わで戻ればまた千夜・・・」そして、「草茫々たる阿倍野の原に 虫の音ばかりや残るらん 虫の音ばかりや残るらん」

この地唄を、吉村ゆらさんが舞い、杉浦聡さんが演奏する。

香りも舞う。
舞う香りは心を美しく清めてくれる。

そうなんだ、「聞香」は心を洗い清める。
そのための「聞香」。

「こぼれるる涙の露」も、「とかく輪廻の拙なきこの身」も、舞う香りに清められ、美しい「虫の音」につつみこまれることだろう。




 
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| 香道 | 14:33 | comments(0) | - |
一分(いちぶん)
sei


騙された妻の仇をとるには、果し合いをするしかない。毒にあたって盲目となった身であっても、命を賭けて、
「生かしておいては、わたしの武士の一分がたちましねえ」

「ともに死するをもって心となす。勝ちはそのなかにあり。必死すなわち生くるなり」

とは、映画『武士の一分』山田洋次監督(原作:藤沢周平)の主人公・三村新之丞の言葉です。

今月の聞香稽古の主題:『曽根崎心中』の「一分」は、

「男も立たず身も立た」ぬ羽目になって、「この徳兵衛が正直の心の底の涼しさは、三日を過さず大阪中へ申訳はして見せふ」。しかしながら、九兵次は徳兵衛が偽手形の騙りを謀ってと嘘をつき、「一分は廃った」と、まことしやかに語る。
「証拠なければ理も立た」ぬことを知らされたおはつは、「・・・此の上は徳様も死なねばならぬ品成るが、死ぬる覚悟が聞きたい」と。(『曽根崎心中・冥途の飛脚』近松門左衛門作 袴田善雄校注 岩波文庫)

おはつは、恋人が男としてあくまでも「一分」を立て通してほしかった、そのためには死を賭けても・・・。
自らの命を投げ出してもよかったのだ・・・。

「一分」とは、男の面目

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| 香道 | 13:41 | comments(0) | - |
お初天神


数年前、大阪梅田の曽根崎にある露天神社(お初天神)に行ってきました。

通称「お初天神」です。

近松門左衛門作『曽根崎心中』の最期の場面は、

「誰が告ぐるとは曽根崎の 森の下風音に聞え。取伝へ貴賤群集の回向の種 未来成仏疑ひなき 恋の 手本となりにけり」

露天神社(お初天神)のホームページにはつぎのように書かれています。

「元禄十六年四月七日、堂島新地天満屋の遊女「お初」と内本町平野屋の手代「徳兵衛」が当社「天神の森」にて情死する事件が起こった。これを近松門左衛門が「曽根崎心中」として劇化、大評判になり当社にも参詣回向の老若男女が大勢押しかけた。
以後、人々は当社を「お初天神」と通称するようになった。 広く民衆の涙を誘うこの作品は、その後も繰返し上演され、今日でも回向とともに、恋の成就を願う多くの人々が訪れている。なお、昭和四七年七月、曽根崎中一丁目の有志によって、恋に殉じた二人を慰霊するための「曽根崎心中 お初 徳兵衛 ゆかりの地」という石碑が建立された」と。




今月の、聞香稽古の主題は『聞香・曽根崎心中』です。
お初、徳兵衛はなぜ死のうと決意したのでしょう。
『武士の一分』という映画が話題を呼びました。
『曽根崎心中』の中には、次のような台詞があります。

「死なずがひな目に逢うて一分はすたった」と。


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| 香道 | 16:20 | comments(0) | - |
夢の続き・会う所


夢のつづきを思い出しました。
それは、「会う」ということです。
心通い合う友と会う。
その時、真中に香りがある。

香席が先にあるのではなく、そこには、友との団欒がある。
友となる人との団欒がある。


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| 香道 | 09:30 | comments(0) | - |
「いのちと申す物は、・・・」
 昨年の暮れ、知人から「寂聴・日めくり暦」を頂いた。そこには、一日一日、瀬戸内寂聴さんの言葉が書かれていて、毎日、その言葉を読むのがなんともいいのです。
 そして、あっという間に8月になってしまいました。

「寂聴・日めくり暦」

寂聴・日めくり暦 8月1日(水曜日)、
「今月のことば」
「いのちと申す物は、一切の財(たから)の中に第一の財なり」 日蓮。
あらゆる生き物にとって、命はたった一つしか与えられない、最も大切な宝です。
だからこそ自分の命も、他人の命も、みだりに傷つけてはいけないのです。

そうですよね、“命はたった一つしか与えられていない”のですね。

今月の聞香稽古の主題は、近松門左衛門の『曽根崎心中』です。
近松は、この「最も大切な宝」である“いのち”をどのように表現したのだろう。

聞香(もんこう)、香りに聞くという時空のなかで、香りはどうコタエルノカ。
仲間たちはどう観じるだろう。
        
                        
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| 香道 | 08:00 | comments(0) | - |
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